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 楽炎」から「楽縁」へ・そして「楽園   ※2019年9月続編を加筆しました。


「2019年の楽緑リポート」⇒「2019年の台風災害リポート」


 野菜作りは昨年と変わりなく続けているが、今年は雑草の繁殖が凄く、野菜の成長がかなり影響を受けたと思う。カボチャは全滅に近かった。ゴーヤーやキュウリも同じで途中で虫に食われたり変形が多かった。桑とミニトマトは成長が著しく大きくなった。初夏頃からの低温、後の長雨、そして異常高温という異常気象のせいなのかもしれない。夏野菜は8月半ばで諦め秋に向けてきれいに草刈りをすませた。

 夏が過ぎ9月8日深夜から9日早朝にかけて大型台風15号が千葉県を直撃した。成田市の北西の印旛沼辺りを中心が通過した。その被害が甚大なので、楽縁レポートならぬ災害レポートを残す事にした。
台風は雨も強かったが風が凄すぎた。観測史上最大45,8mだったそうだ。我が家の東向きの手作り玄関扉がはずれ飛ばされないように2時間あまり必死にささえていた。たたきつける雨で全身びしょ濡れ、体が冷え手足が痺れ感覚が無くなっていった。雨樋がはずれたり、工房の外壁トタンが2枚はがれたり観音扉も一部壊れた。トトロの像も飛ばされたが傍に落ちていて紛失しなくて良かった。手作りDITで作ったサンルームや民泊のキッチンルームとかの増築部は無傷で済んだ。この程度で済んだのは不幸中の幸いと思う。自分のDIT技術力にたいする驕りは慎もう。あおりで12日から予定していた沖縄出張を直前で中止延期することになった。
 停電が4日間続き、スマホはかろうじて使えたものの、電気無し、水無し、という不便生活は3.11大震災以来であった。
むしろ、それより過酷であった!というのが正直な感想です。近所だけでなく市内のコンビニ、スーパー、ガソリンスタンドは閉まっていて、隣の多古町の遠くのスーパーに行っても欲しいものは売れきれてなかった。ポスレジも通信機能が不通でクレジットカードが使えない障害があった。キャッシュレス時代の落とし穴が、こういうところにでるものだ。現金は常に用意しておくものだろう。
 残暑もありエアコン無しの熱中症にさらされ、近所の温泉も閉まっていて風呂に入れなく、とても体の痒みに耐えられなくて2日間、埼玉の親戚宅に避難した。

 3.11大震災の経験から、非常用に常に旅行用バッグ4個に衣類や保存食などを用意していたが、重用したのは、水、缶詰、レトルト食品、カップ麺、ロウソク、ソーラーも含むライト類、乾電池、ウェツトティシュ…だった。水は2Lペットが6本1箱とウォーターサーバー用12Lボトルが3本あったが4日分ギリギリだった。風呂の残り水は捨てない習慣にしていたのでトイレの雑排水に利用できた。でも2日しか持たなかった。3日目からは近所の小学校の井戸水をいただいてきて、それで しのいだ。冷蔵庫の低温維持は2日間が限度だった。買い出してきた氷でなんとか低温を維持したが補充ができなく、これも2日間が限度だった。見切りをつけ再通電に備え腐敗防止もかねて思い切って処分した。
 USB式のライトスタンドと車用インバーターも活躍してくれた。予兆なのか、ちょうど1週間前に車中泊用に買ったばかりだった。今回の災害で反省したのは停電対策であり電源の確保が最重要である事が身にしみた。今でも深夜に断続的に短時間の停電があるので、早速、通販で発電機を購入する事にした。
 車用インバーターは、車のシガレットから100V電源300WとUSB電源を取り出せるもので、これがあったのでスマホとPCは使えた。車にもテレビがついていたので情報は確保できていた。それと、我が家は成田空港から直線で2kmの近さが幸いして庭に出ればスマホの電波が届くので、不安定だったが通話が出来たのは救いだった。3.11大震災の時は津波の事も解らずにいたので情報の確保ができたのはよかった。 

 しかし、この情報の送り手側には凄い怒りを感じる。まず東京電力の広報である。「明日には停電が解消します」と毎日云われ、日いち日づつ延ばされ、すがる思いの希望が裏切られ絶望に変わるのは精神的に辛かった。そして市、県、国の対応の遅さだ。後で知ったことだが、どこもネットやEメールで一方通行で連絡していたそうだ。被災地は停電でPCやスマホが使えるはずがない。どうして現地へ行って確認しようとしなかったんだろうか?千葉は大東京の隣だよ!車で1時間で来れるんだよ!なんでもネットでメールで済まそうとして動かない、悪い習慣が身についてしまっている。
 混乱しているなか、テレビのワイドショーなど報道番組でも、はじめの3日間は内閣改造のニュースばかりで、台風被害のニュースは僅かだったのには違和感を感じていた、というより蚊帳の外のような疎外感が身にしみた。俺たちは無視されている!って。なによりも被災者を救うべき行政の対応の遅さ、認識の甘さが、人災として苦しめている。どうしてこうなったのか検証が必要ではないだろうか。千葉県在住のバイキングMCの坂上忍さんの怒りに賛同する。

 成田空港の混乱ぶりは来年の東京オリンピックの受け入れ態勢に大きな課題を残したと思う。電車、バスが全面ストップしているのに飛行機の発着は通常どおりというのは理解に苦しむ。関連する事業の横の連携がなかった証であると思う。我が家は副業で民泊をしているが、宿泊の問い合わせがひっきりなしにきたが断るしかなかった。辛かった。
 今回の災害は、3.11東日本大地震、台風15号災害と続き、来るべきとされる首都圏直下大地震の警告でもあり教訓でもあった。2度あることは3度ある。これに学び対策をしっかりと練ろうと思う。

 半径1kmの近所の状況を掲載する。隣の多古町や香取市は、もっと酷い。皆な頑張ろう!!!
   
  家の前の栗の木も幹が折れた。        ビニールハウスも飛んでいた。       根こそぎ、とはこういう状態。
   
  道も倒木で通れない。                物置小屋も無残。         電話回線ケーブルの電柱も傾いていた。
   
  運送会社の屋根も剥がれていた。          倉庫の屋根もない。          住宅の屋根も飛んでいる。
   
  神社の鳥居が根元から折れていた。    尖がりオッパイ型のテントも飛んでいた。 車のTVと車用インバーターが大活躍
   
  ブルーシートで応急修理している。       コンビ二には発電機が置かれている。     災害派遣の自衛隊がやって来た!


 「2018年の楽緑リポート」

 大震災の後、短期間タイで活動し、翌年に成田から埼玉県北本市に移り、そこを中心に夏場は群馬県北軽井沢で別荘生活と工房活動をしていた。二ヶ所居住という、とても快適な環境だったが、浅間山や草津白根山の火山活動の活発化に不安を感じて北軽井沢の別荘を売却して、一旦工房を北本市の家に集約しました。
 二ヶ所分の荷物を一ヶ所にまとめるのに無理があったのと、沖縄から連れてきたペットのケヅメリクガメが大きくなり専用のスペースが必要になって、悩んだ結果、広い家を求めて再移住先を探しました。
 沖縄に未練があったが、やはり知り合いがいて馴染みのある所がよくて都会に近く便利な所が良いとなり、成田に戻ることになった。

 地区は変わったが、かなり理想に近い所が見つかり移住することになった。
 周りは平坦で畑に囲まれ、西側には成田空港があって飛行機の離発着が見える。
 ネットで物件を探していた時、パッと見て、この家どっかで見たことがある!が第一印象だった。
 コラム「となりのトトロの世界」でも紹介してるが「となりのトトロ」に出てくる”サッキとメイの草壁家”の家と形、配置が同じだと気づいたのある。かって東京に居た時にネコバスを作った位、ジブリフアンで特にトトロ好きだったので即決した。同時にあの世界を再現しようと想った。
 2017年10月に購入してから半年がかりで家の中から外観の多くを大改造しました。
 もちろん広いので畑もはじめました。3月末の引越しだったので、本格的な畑作りは準備不足だったけれど、とりあえずスタートしました。

 

     
 青空には向日葵が良く似合う。18年前からズーッと一緒に移動してきているイチゴ。虫除けのカレープランツ。まだ夏前なのに咲いた秋桜。定番のカボチャとバターナッツ)
 
   
 (カブ。刺身には大葉。白茄子と青茄子。好きではないけど美味しいので食べるミニトマト)
    >パクパク
 (大根。小松菜。チンゲン菜。すべてペットのリクガメの餌になる。トマトや煮たカボチャも食べる)

  
  (ウズラのベビーラッシュ。自給自足を目指しているのに動物性タンパク質がなかった。これで可能になるかも)

  
 (成田空港を離陸した飛行機が時々真上を通過することもある)
  
 (2018/8/25・更新)


 「2008年〜2011年の楽緑リポート」

 
 (左から、梅、桜、金柑、シナモン、柚子、ウワミズザクラ、柿)


 昨今は世代を問わずスローライフする人が増えているそうです。
私も特別に流行だとか意識したことはありません。自然に思うままに生きてきただけである。
 
 スローライフ=田舎生活、と一般的には結びやすいですが、正直そういう風でもありません。あまり田舎だと、安売りしてるスーパーとかデスカウントショップも近くにありませんし、不便すぎて、むしろ車の維持費など生活費がかかります。適当に田舎で、物価が安く、都会にも出易くて、ある程度自給自足できるスペースが確保できる所を探しました。まだまだ都会的生活を捨て切れていないのが本音かもしれません。

  
  (左から、竜の目?、キブシ、水仙、カイドウ、サクランボ)
  
  (左から、姫リンゴ、シュガーメープル、プラム、シイタケ、筍)

  仕事の海外移転でタイを中心にした暮らしでしたが、日本に一時リターンしなければならない事情から、関東一円を探して辿り着いたのが成田でした。
ここは成田空港に近く近所に行く感覚で出国できるのが最大のメリットですが、日本に居る間は野菜や果物の数%か数拾%を自給自足したいと思ってます。どこまでやれるかは?です。食料自給率が39%になり、いずれ食料難さえ危惧される現代日本では、最低の自己防衛策だと思ってます。何よりも憲法で保障されているはずの「健康で文化的な」生存権さえないがしろにされている年金6万円の現実では節約をし質素なスローライフと物価の安い国での生活でしか生きていけないのが考えたあげくの結論でした。

  ガラス屋という地球温暖化に加担している仕事を生業としているので、格好つける訳ではありませんが、せめてもの罪滅ぼしとして少しでもCO2排出を少なくし環境負荷の低減をする為にも緑は増やしたいと思ってます。これもCO2を排出した分だけ緑を増やすというカーボンオフセットの一つの方法だと思います。これまではガラスという炎を対象にした「楽炎」生活でしたが、これからは木々や野菜を育てる「楽縁」生活をしようと思います。
 
  はじめての春は畑作りからです。18u分を作り、今は倍の36uあります。
 庭の土を耕すと表面から30cm位はサクサクとしていてほとんど石はありません。とても良い土で感謝感謝です。
 培養土や赤玉土、腐葉土などを混ぜて土を改良し畝を作りました。寒さに弱いものにはビニールフィルムをかけました。
 食べたいものから苗を買って植え、種から育苗するものはミニポットで育て始めています。
 少しづつ収穫がはじまり有機栽培の美味しい野菜を毎日食べています。

  
  (左から、レタス、カボチャ、スイカ、ナス、きゅうり、じゃがいも、ブロッコリー)
  
  (左から、キャベツ、梅の実、さくらんぼ、サツマイモ、トウモロコシ、枝豆人参
  
  (左から、大根、チンゲン菜、エンドウ豆、ニンニク、蕎麦、スイスチャ−ド、トマト
  
  (左から、ピーマン、バターナッツ、ほうづき、レモン、コシヒカリ、バナナ、唐辛子
  
  (左から、空心菜、プチヴェール、ハラペーニョ、ハバネロ、風船かずら、サンザシ


   「2008年秋の収穫リポート」

  サツマイモは全体に細く小さかった。柿も日当たりが悪かったのか数が少ない。焼酎漬けして渋みとりをする。
 近所では今年は柚子が不作だそうだがうちは豊作です。

    
  (左から、収穫した野菜…カボチャ、バターナッツ、トマト、ナスなど。サツマイモの初収穫、コシヒカリの稲干し、朝顔の種に混ざってた綿、柿、柚子、八朔)


  「タイでの楽緑リポート」

  タイでも300坪の敷地にカボチャやナスを植え、椰子、バナナ、ドラゴンフルーツ、スターフルーツなどが自生しています。

       
      
  (左から、タイの家外観、庭、椰子の木、ザボン、釈迦頭、スターフルーツ、バナナ、カボチャ)


  「2009年春の楽緑リポート」 

  昨年秋に購入した中古の耕運機で畑作りが楽になった。本格的に農業やっている気分です。これで耕作面積が47uになった。
 これまで場所が定まっていなかったバラとハーブをそれぞれ1ヶ所にまとめた。種から作るものはミニ温室の中で育苗しています。

       
 (左から、昨年購入した中古の耕運機、バラ園、ハーブ園、アスパラ、ネギ、)


  「2009年夏の楽緑リポート」 

  土作りがしっかりできたおかげで生育は順調です。なによりも実のなりが違います。
 去年は豊作だった梅とさくらんぼは、反動か?ほとんど実をつけませんでした。反対に去年ほとんどダメだった柿が実をつけてます。
 自然の不思議を感じます。

      
  (左から、キャベツ、ミニトマト、エンドウ豆、スイカ、カボチャ)
      
 (左から、サツマイモ、紫ほうずき、コーヒーの木,プルーン、ジャガイモ)
     
 (左から、バターナッツ、そうめんカボチャ、ピーマン、バナナピーマン、瓢箪)
      
  (左から、ゴーヤ、トウモロコシ、タイの朝顔、ひまわり、大収穫)


  「2009年秋の楽緑リポート」 

  異常気象のせいか、トマトやスイカは腐る事が多くてうまくいかなかったが、他は順調に育ちました。
 夏物はピークが過ぎ、秋ものの収穫を始めました。稲の収穫の手伝いも出来て何か本物の農家になった気分です。
     
  (左から、サトイモ、サツマイモ、季節はずれのスイカ、稲刈りの手伝い)


 「2010年冬の楽緑リポート」 

  沖縄の仕事で、畑の管理が日常的に出来なくなったが自然はちゃんとやってくれている。
 柑橘類は実がなり腐れば自然と落果する。知り合いや近所の方が適当に収穫してくれていた。
 ネコヤナギが咲き、梅も蕾がふくらんでいる。今年は豊作になりそうだ。
     
  (左から、八朔、柚子、ネコヤナギ、梅の蕾)


 「沖縄での楽緑リポート」

  ついに、日本の楽園「沖縄」に来てしまいました。「楽炎」「楽緑」「楽園」がすべて揃いました。
 ここでも自給自足へ向けた畑作りを始めました。年中暖かいので2毛作も出来るかも…
 海もすぐそばなので海の生き物たちも紹介していきます。
 (エコロジーとスローライフを提唱する季刊誌「自休自足Vol.29」に紹介されました)
     
  (左から、ハイビスカス、地元ではあかばなと云う。ゲットウ(サンニンとも云う)、テッポウユリ、君子ラン)
     
  (左から、島バナナ、ナス、唐辛子、ピーマン)
      
  (左から、トマト、ゴーヤ、スイートバジル、かいわれダイコン、キューり)
      
  (左から、リーフレタス、シソ、苺、パセリ、茶の木)
     暖かいから成長が早い!です。
  (左から、枝豆、サトイモ、南瓜)
      
  (左から、ルリスズメ?、珊瑚、アオヒトデ、工房の庭に時々出没するマングースとオカヤドカリ)
  
  (左から、ハリセンボン、潮どまりで逃げられなくなっていた大王イカ?140cmあった)

  沖縄は南国といえども夏の最高気温はだいたい32〜33度位で今年の本土の異常な35度以上にはなりません。
  紫外線は強く感じますが…。
  野菜の生育はよいのですが、虫の害がおおいです。
  ナスもキューリも一日収穫を待って今日が食べごろと思っていると先に虫にやられてしまいます。
  
  「一寸の虫にも5分の魂」と言いますが本来の意味とは違い、みんな学習能力があるのか捕まえようとするとスー
  と逃げ、居なくなるのをみてて戻ってきます。毛虫もつまんで遠くへ捨てても戻ってきます。
  こうなると殺せません。共生意識が邪魔をします。
   
  久しぶりにシュノーケルをしました。
  沖縄のマリーンショップでは「スノーケル」と表示している所が目につくが「スノー=SNOW」みたいで変です。
  タイでも何度かしたけれど、魚の種類はあまりないが数はたくさんいます。

  
  これまで大風や台風の通過が数回あったが、今回の台風14号は風が凄かった。
  工房脇の畑の野菜もほぼ全滅しました。
  風と潮混じりの雨で枯れてきてもうダメかも。隣のバナナ畑でも数本倒れていた。
  秋になって季節の食べ物の「銀杏」「柿」「栗」を食べたいと思ったが沖縄では生では売っていない事に気がついた。
  東南アジアのタイでは北部のチェンマイなどで生産されていて市場でも売られているのに、沖縄とはいえ食文化の
  違いというには同じ日本なのに悲しい。 


 「2011年の楽緑リポート」

 沖縄での仕事が一段落して成田に戻りました。タイの仕事再開に向けての準備でしばらくは本格的にはできないのと、3.11の超大地震と原発爆発汚染を考え、今年は最小規模でやることにしました。南側には以前のようにゴーヤと瓢箪のグリーンのカーテンを作り遮熱と節電対策をしました。
 今年は温室を購入し少しの野菜(ナス、オオバ、ピーマン、サトイモ、サッマイモなど)しか作らなかったが、手入れもあまりできなかったせいもあって収穫は少なかった。
 10月になり、暑かったり寒かったりの異常天候のせいか桜が狂い咲きした。隣の畑から栗をたくさん戴いた。
   
 工房が狭くなったので増築改装した。以前のものも震度6弱の大地震にもビクンともしなかったが、
 今回も同じ単管パイプ構造ではあるが以前よりも基礎も梁もしっかり作ったのでかなり頑丈だと思う。
 外観も綺麗に作り書庫とカラオケルームも兼ねたミニギャラリーも併設しました。
    

 工房を増築改装したのに、タイとの往復で留守がちになった成田の仕事場をとりあえず売りに出していたら、意外と早く買い手がつき慌しく移転することなった。残念ながら暫く「楽縁レポート」はお休みします。(2012/10/30・加字訂正更新)